釧路市桜ヶ岡8丁目の道道沿い、小高い丘の上に戦争遺跡が今も遺されています。当時は何の建物だったのか知りませんでしたが、これは電波警戒陣地(レーダーサイト)と言われる軍事遺構です。
同じような建物が2基あり、片方はバリケードで囲われているため近づくのは困難ですが、こちらだけは野ざらしとなっています。2012年訪問当時、何の情報も無く探索。
ここの自治体は相変わらず、他地域の教育委員会のような戦争遺跡の保存活動が一切見られませんね。
丘の上の戦争遺跡
道道113号を走っていると見える、煙突付きの建物です。訪問当時はネットの情報も乏しく、噂で聞いて初めて存在を知りました。
今やGoogleマップの航空写真でも確認出来ます。
丘を登ってみました
初めての訪問です。遺構の周辺は窪んでいますね。
下から見ていた感じよりも大きな建物でした。
煙突が並ぶ
煙突のようなコンクリートには、四方に穴が開いていました。煙突のように見えるのは、カモフラージュのため?
窪みを降りると連絡口があります。
こう見えても連絡口は意外と広く、容易に中へ入ることが出来ました。
建物内部を確認
内部を確認。将棋の駒のような形です。外観ではいくつかの煙突が並ぶ集合住宅のように見えましたが、一つに繋がった部屋だったとは。
写真奥に一箇所だけ穴があいていますので、あの煙突はやはりダミーですね。
※当時は知りませんでしたが、この建物は1942年頃から量産された『パルスレーダー超短波警戒機乙』を設置していた施設のようです。
壁の様子
内壁にはもの凄い白華現象が出てます。
足元は…
足元は泥とゴミだらけで埃っぽく、湿気が高いためなんとなく息苦しいです。子供の頃はここで遊んでいたという知人が居るので地元で有名な物件だったようです。
もう一方の連絡口。幅が狭く、土砂で半分埋まっており通ることは出来ませんが、中で繋がっているので関係ありませんねw
外に出ました
外壁はボロボロです。寄りすぎてどこの部分かはわかりませんwが、物資の乏しい時代なので質の悪いコンクリートだったことは確かですね。
もう1基の遺構
こちらがもう1基の同じような遺構。目と鼻の先にありますが、太平洋炭礦によるバリケードと立入禁止の文字があり、こちらの遺構には近づくことが出来ませんでした。
(参考:電波警戒陣地2013 / 釧路のトーチカ / 釧路の奉安殿)