忘れられた煉瓦倉庫

2015年5月15日金曜日

歴史的建造物

t f B! P L

どこで見つけたのか憶えていませんが、小高い丘の上にポツンと遺る煉瓦の建物です。

北海道内、恐らく道央方面のどこかであることだけは間違いありません。

『忘れられた』というのは自分がどこにあったのかを忘れてしまったという意味であり、実際に忘れられた倉庫なのかどうかは全くわかりませんw

謎の煉瓦倉庫?

連れてきてくれた同行の方によると、寺社関係の倉庫だったんじゃないか?との事ですが、記憶によるとこの辺りにお寺も神社も見当たらなかったような気がします。


窓と入口が開いてますね。空気の入れ換えでしょうか?

だとするともしや現役使用中なのでは?


煉瓦の倉庫は美しいですね。窓枠は石で出来ているようです。


取り敢えず一周してみます。


裏手に回ってきました。こちらの面でも窓が開いています。


鉄格子があり、昔の『倉』という感じですかね。


一階の窓から内部を窺います。


木造の壁・棚・階段が、腐りもせず綺麗な状態で保存されています。換気しているからでしょうか。そして思ったよりも広そうです。

とは言えこの散らかりようは現役の物件とは思えません。

何より周辺はなんにも無いので、本当に忘れられてしまった倉庫なのかも?


ちょっとだけ覗いてみる

と言うわけで、思い切って正面からカメラを突っ込んでみます。

と、あれ?火災?意外と物があるようです。火災に遭って放置された物件でしょうか?


今度はカメラを右に振ってみます。

何となく賃金台帳と書いてあるような棚が写りました。給与の支払い状況を記載した書類ですね。もしや会社の倉庫?


カメラを足元に振ると、今度は色々書いてある箱が写りました。財産内容と書いた伝票が見えます。寺社じゃなく会社の倉庫?

なぜこの建物だけが遺されているのか、場所がわかれば調べようもあるのですが、今となってはこの建物がどこにあったのか全く思い出せませんw


以上、一体どこにあったのか、私に忘れられた煉瓦倉庫でしたw


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