鴻之舞鉱山跡(紋別市)

2012年11月1日木曜日

鉱山

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北海道紋別市鴻之舞にかつて存在した鴻之舞金山。1917(大正6)年に開山し、資源枯渇により1973(昭和48)年で閉山となりました。

鴻之舞金山は東洋一と称えられ、最盛期には13,000もの人が生活していましたが、現在は沈殿池稼動の関係者以外人の気配は全く無いようです。

観光地というほどではありませんが、結構メジャーなようで現地では見学者もぼちぼち見られました。大煙突と発電所遺構が目的で訪問したのですが、当時は情報も無く当日の天候も良くなかったため道に迷い、結局何も見つけられずという探索となりました。


大煙突(遠景)

道道305号を北上していると見えてくる大煙突。製錬所にあったものだそうで、ボイラーの煙突と言われています。

この煙突付近に見たい遺構が集中しているのですが…


道に迷いますw

大煙突に行ける道を探してウロウロしてるうちに、鉱員住宅アパートのような建物へ迷い込みましたw


このアパートは既に壁だけしか残ってない状態です。コンクリートブロック造ですね。


古そうな洗濯機がありました。


どうやら二階建てアパートだったようです。


外観はこんな感じです。


煙突は見えるのですが、なかなか近づけませんね。どうも最初から道を間違えてたようで。


行き止まり。とりあえず大煙突と発電所は後回しとします。(結局行けませんでしたw)


何かの建物

道道沿いに走ってみると古そうな何かの建物を発見。トーチカ!と思いましたが違うようです。トラロープが張ってあります。


蔵のようなものがもう一つ。またトラロープです。関係者以外立入禁止。


蔵?

住友のシンボルマークがついてます。今もこのマークですよね?


ロープだらけで

二軒長屋の奥に行けそうな道がありましたが、この鉱山跡、正直言って自由に見て良いんだかダメなんだかもうわかりません。

部外者は帰れ!という雰囲気なのはわかりますw


石碑・記念碑

こちらは紋別市教育委員会建立、鴻之舞小学校跡地の立派な石碑。閉山後すぐに閉校となったようです。どこかに奉安殿が残ってそうですが、探し回るのもアレだし。



鴻紋軌道記念碑。鴻之舞・紋別間の軌道でしょうか。


橋脚

こちらは旧精錬所へ続いていたトロッコ軌道の橋脚、だそうです。


不思議な形ですね。


点々と奥まで続いています。この辺りはトラロープも無く、ノーガードでした。


案内看板

こちらは清明寮跡の看板と、寮の門柱でしょうか?


ご案内看板。五号坑入口というのがすごく気になりますね。後で行ってみることにします。(結局行けなかったのですがw)


また迷いましたw

他に見どころを探しているうちに、また道に迷ってしまいましたw


謎の建物

何かの建物を発見。


雨が降ったらすぐ短絡しそうな剥き出しのブレーカー。


渋い物件ですが、何の建物かは全くわかりません。


鴻紋軌道跡

道道を更に北上すると、カッコいい遺構が見られます。鴻紋軌道跡です。


道道を跨いでいます。


背の高いトラックが通ったら事故になりそうです。


この軌道跡には送水管が通っていて、現在も稼働中の沈澱池に中和剤を送っているようです。


以上、行き当たりばったりなので良くわからないまま終わってしまいますw


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