北海道紋別市鴻之舞にかつて存在した鴻之舞金山。1917(大正6)年に開山し、資源枯渇により1973(昭和48)年で閉山となりました。鴻之舞金山は東洋一と称えられ、最盛期には13,000もの人が生活していましたが、現在は沈殿池稼動の関係者以外人の気配は全く無いようです。観光地というほどではありませんが、結構メジャーなようで現地では見学者もぼちぼち見られました。大煙突と発電所遺構が目的で訪問したのですが、当時は情報も無く当日の天候も良くなかったため道に迷い、結局何も見つけられずという探索となりました。
道道305号を北上していると見えてくる大煙突。製錬所にあったものだそうで、ボイラーの煙突と言われています。この煙突付近に見たい遺構が集中しているのですが…
大煙突に行ける道を探してウロウロしてるうちに、鉱員住宅アパートのような建物へ迷い込みましたw
このアパートは既に壁だけしか残ってない状態です。コンクリートブロック造ですね。
古そうな洗濯機がありました。
どうやら二階建てアパートだったようです。
外観はこんな感じです。
煙突は見えるのですが、なかなか近づけませんね。どうも最初から道を間違えてたようで。
行き止まり。とりあえず大煙突と発電所は後回しとします。(結局行けませんでしたw)
道道沿いに走ってみると古そうな何かの建物を発見。トーチカ!と思いましたが違うようです。トラロープが張ってあります。
蔵のようなものがもう一つ。またトラロープです。関係者以外立入禁止。
住友のシンボルマークがついてます。今もこのマークですよね?
二軒長屋の奥に行けそうな道がありましたが、この鉱山跡、正直言って自由に見て良いんだかダメなんだかもうわかりません。部外者は帰れ!という雰囲気なのはわかりますw
こちらは紋別市教育委員会建立、鴻之舞小学校跡地の立派な石碑。閉山後すぐに閉校となったようです。どこかに奉安殿が残ってそうですが、探し回るのもアレだし。
鴻紋軌道記念碑。鴻之舞・紋別間の軌道でしょうか。
こちらは旧精錬所へ続いていたトロッコ軌道の橋脚、だそうです。
不思議な形ですね。
点々と奥まで続いています。この辺りはトラロープも無く、ノーガードでした。
こちらは清明寮跡の看板と、寮の門柱でしょうか?
ご案内看板。五号坑入口というのがすごく気になりますね。後で行ってみることにします。(結局行けなかったのですがw)
他に見どころを探しているうちに、また道に迷ってしまいましたw
何かの建物を発見。
雨が降ったらすぐ短絡しそうな剥き出しのブレーカー。
渋い物件ですが、何の建物かは全くわかりません。
道道を更に北上すると、カッコいい遺構が見られます。鴻紋軌道跡です。
道道を跨いでいます。
背の高いトラックが通ったら事故になりそうです。
この軌道跡には送水管が通っていて、現在も稼働中の沈澱池に中和剤を送っているようです。