幌内炭鉱2013 その弐

2013年6月10日月曜日

幌内炭鉱

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幌内炭鉱自然公園

幌内炭鉱常磐坑の跡地にある景観公園は、110年の歴史(1879(明治12)年~1989(平成元)年)を持つ幌内炭鉱の記憶を残そうと、平成14年から手づくりでの公園化が進められ、地元の元炭鉱マンを中心とするボランティアによって整備されてきた素晴らしい公園です。

常磐坑・音羽坑の坑口、炭鉱神社、選炭・運炭施設、シックナーなどの遺構を自由に見ることが出来ますが、もちろん建物は現役当時の状態という訳ではなく、天井の無くなったものや壁が無いもの、床に穴の開いたものなどがほとんどですので、この看板にある通り所々危険な箇所があります。見学の際、特に炭鉱跡に不慣れな方は充分に注意するようお願いします。


0号ベルコン原動室
特に順路など(訪問当時は)ありませんが、まずはこの建物。原炭ポケットとベルトコンベアで繋がっていた建物のようです。


300馬力捲上機


どの資料で確認したのか今となっては忘れてしまいましたが、これは常盤坑排気側坑口と繋がっていた建物のはずです。ということは副卸側の斜坑でしょうか。


常盤坑ベルト斜坑(副卸)
看板によると、常盤坑の開坑は1938(昭和13)年。1952(昭和27)年には運搬系統の合理化のため、ベルト斜坑へと改修されたとのこと。養老坑・布引坑をはじめ周辺の出炭は集約して常盤坑に搬出されていたようです。副卸というのは連卸と同じ意味のようです。


坑口神社
本卸と副卸の坑口の間にはこの神社があります。


常盤坑ベルト斜坑(本卸)
ペンキで書かれている日付は平成元年11月1日、閉山の日です。専門家じゃないのでアレですが、本卸は資材・石炭などを運搬する坑道で入気の役割も担うもの、連卸は坑夫を人車などで運ぶ坑道で排気も担っているもの、と認識しています。


音羽坑の坑口
明治12年に開削された、北海道最古と言われる坑口です。


安全灯庫
初夏の元気な植物で見えづらいのですが、ヘルメットにつけるキャップランプを保管していた建物ですかね。


中を少し覗いてみましたが、壁だけで何もありませんでした。


原炭ポケット


原炭ポケットの脚部
いつ頃のコンクリートなんでしょうか、足元はまだしっかりしていますね。


重選機基礎
手元の資料には「ローヘッドスクリーン」とも記載されています。重選機は重液選別装置、ローヘッドスクリーンは水平振動ふるい、どちらも選炭のための設備のようですが、詳しいことはわかりませんw


二階が気になったのですが、運悪くコスプレ撮影会の真っ最中でこの建物を占拠されており断念しました。少し待ちましたがコスプレイヤーと目があって気まずいので退却w


水選機の建物
これも選炭関連の施設で、粉炭・石などの分離を水で選別する機械が設置されていた建物だと思います。


この建物は屋上に上がれました。


水選機の屋上?
もしかしたら2Fかも知れませんが、遺構の上です。


水選機の上からはシックナーと積込みポケットの台座がよく見えます。


振り返ると先程の重選機基礎の遺構が見えます。


シックナー1
シックナーは選炭の工程で出る排水を溜め、撹拌などにより水に含まれる微粉炭を分離・沈殿する装置で、商品として使用出来る微粉炭を排水から回収し水の浄化も同時に行う優れものの巨大装置です。


シックナー2
もう一つのシックナーです。


機械は既にありませんが、沈殿池の中心にあるコンクリート周辺には金属の名残りが少しありました。


シックナーの壁…だったかな?


微粉乾燥室
微粉炭の乾燥室でしょうか。選炭の過程で出た水を乾燥させて微粉炭を取り出す施設なのか、微粉炭を熱源にした乾燥室なのかはわかりませんが、この辺りにもいろいろな建物があったようです。


ちょっと複雑な造りで入り組んでいます。


いろいろな機械が設置されていたのでしょう。


この辺りにも機械が設置されていたような雰囲気があります。


上から見下ろしてみましたが結構な高さ。落ちたら大変なことになりますね。


一旦降りました。


先ほどチラっと見えていたスイッチ類です。断線の跡もしっかりと残っています。


窓枠にはアルミサッシのようなものがついていますね。

道路側からだと、微粉乾燥室周辺の遺構が良く見えました。


そしてゴミもたくさん見えます。元々の設備に混じってタイヤとか空き缶が凄いことになっています。年間3,000人もの人が訪れると言われる公園ですが、空き缶のポイ捨てはヤメて欲しいですね!


注意事項

遺構については個人が趣味の範囲で調べたものですので、必ずしも正確なものではありません。また、当ブログでは熊などが生息している危険な場所を扱うことがありますが、探索を推奨するものではありません。なお、当ブログを見て何らかのトラブルに巻き込まれても当方は一切責任を負いません。

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