(由良要塞2025【友ヶ島砲台】#4 の続き)
友ヶ島第五砲台から海軍聴音所へ。かなりの山道を登って来ましたが、昨日の大阪万博から歩きまくりの蓄積ダメージがここへ来て限界を迎えます。もしかしたら気温35℃ということもあり熱中症になりかけだったのかも知れませんが、両方の足が攣ってしまいました。しかも太もも、かなりの激痛でしたねw
友ヶ島第五砲台→海軍聴音所へ
標識ナンバー10の前で激痛に悶えながら休憩中。昨日の万博で25,000歩+本日の山道は現在20,000歩=計45,000歩で限界に達しましたね。日頃の運動不足は否定しませんが、今思うと水分不足もあったんじゃないかな~と。
というわけで本日最終目的地の海軍聴音所まであと500m、そして最終便のフェリーまであと45分。こんな状態で歩いて間に合うのか不安になってきました。
最終目的地、海軍聴音所に到着!
痛む足を引きずりながら休み休み歩き、なんとか到着しました。500mなんて普通に歩けば7~8分くらいですが、倍くらい時間がかかってしまいました。
正面には聴音所の建物と、建物前にあるのは貯水槽なんだそうです。
和歌山市観光課のホームページによると、この建物は『大阪湾に進入する潜水艦のスクリュー音を24時間体制で警戒し、有線式の機雷で迎撃する施設。正式名は「紀伊防備隊友ヶ島衛所」』とのことです。紀伊防備隊についてはアジ歴さんでたくさんの資料が公開されています。
この聴音所は二階建てのようです。上階は観測室?
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| 「近畿地区施設一覧(附青図)(6)」JACAR(アジア歴史資料センター)Ref.C08011197600、「阪復」近畿地区施設一覧(附青図) (①-引渡目録-209)(防衛省防衛研究所) |
アジ歴さんの友ヶ島防衛所(見取図)を拝借。聴音所は沖ノ島の中心から南西の方向にあり、この図面だと左下の方になります。『水道ナシ』『電灯ハ自力発電機』などとも書かれています。
聴音所の外観を確認
まずは建物の周りを一周。時間的にも肉体的にも余裕が無くなってきたので急いで見学します。
外壁にはたくさんの玉石が貼り付けられていましたが、建築には明るくないのでこれが何故なのかはわかりません。お城みたいでちょっと格好良いですが、意匠?カモフラージュ?
建物には小さな窓がたくさんあいてます。潜水艦のスクリュー音を警戒とのことですが、ざっくり調べてみたところ、『海底に水中聴音機を設置し聴音所までケーブルを引き込んで音を分析』していた模様です。
冒頭の出入口から見て真裏辺りかな?建物の形としては長方形の角を二か所カットした感じの六角形です。
この場所から見える海の様子です。木が凄くてだいぶ見づらい状況。
こちら側の面にも玉石がたくさんついてます。
鉄筋がぶら下がってますね。鉄筋コンクリートと煉瓦を使った建物のようです。
ぐるっと建物を一周して来ました。
聴音所内部を探索
内部の様子を確認します。落書きが気になる…
建物に入ってすぐ正面にあるのは何らかの機械を設置していた台座、とのこと。
すぐ右にある部屋。ここはトイレだったようです。便器はありません。
入ってすぐ左にある空間は配電室とも言われていますが、面影も無くよくわかりませんでした。
頭上には丸い穴があいてます。
空が見えます。これは通気口と言われています。
小窓から見た海の方ですが、逆光でわかりませんねw
これはケーブル配線関係の跡でしょうか?
聴音室
こちらが聴音室のようです。出入口からだと一番奥の部屋になります。
機雷の操作盤などが置かれた、作戦指揮を行う部屋だったようです。
聴音室から見える内部の様子その1。山側です。奥に通信室の台座が見えます。
聴音室から見える内部の様子その2。海側です。
通信室
こちらが通信室だったようです。
そしてこれは通信関係の機械を設置していた台座、と言われています。
写真右上に2F観測室への開口部が見えています。当時は梯子で連絡していた模様です。
見学終了!
正面が海図室と言われる小部屋。出入口の手前が先ほどのトイレになります。フェリー最終便まであまり時間が残されていないため、滞在時間約10分程度で切り上げました。
その後はなんとか野奈浦桟橋まで辿り着き最終便には間に合いましたが、下船の際に立ち上がった瞬間、再び両足太ももが攣って激痛というひどい目にあわされましたが無事に戻ることが出来ましたw
以上!
( 参考:由良要塞2018【友ヶ島砲台】#1 / 由良要塞2025【友ヶ島砲台】#1 )




























